第四列伝
畔蒜 ジョージ
あびる じょーじ
『畔蒜ジョージの萬國道中膝栗毛』主宰
旅とは「移動」ではなく、「観察」である。
第四の列伝に記すのは、『畔蒜ジョージの萬國道中膝栗毛』を一人で編み続ける畔蒜ジョージ氏である。本名は譲二(じょうじ)。昭和三十二年、千葉県木更津の生まれ。父は地方紙の校正係、母は小学校の教員という、家中に活字の散らばる家に育った。十年勤めた出版社を三十二歳の春に辞し、平成元年に本誌を創刊。以来、第百二十四號まで欠號なく続いている。
誌名の元は言うまでもなく、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』。膝栗毛とは馬ではなく己の膝、すなわち自分の足で旅をすることを指す。移動は夜行バスと鈍行列車のみ。原稿も写真も組版も発送も、すべて一人。「旅とは『移動』ではなく『観察』である」――創刊號の編輯後記に置かれたこの一行が、氏の三十七年を貫いている。
氏の連載「畔蒜ジョージの旨いめし歩き」を読むと、その流儀がよく分かる。下関・唐戸では、関門海峡の潮風を受けてからふくの食卓に向かい、「その流れまで含めて、ふぐという料理は完成する」と書く。那覇では仕事帰りの夜にアグー豚の鍋を囲み、急がなくてよい食事の時間を慈しむ。店があり、人がいて、街がある。その三つが揃ったとき、一軒の店は旅の記憶になる――氏の道中記は、一貫してその理屈で書かれている。
文章は短い呼吸で進む。一行ごとに息継ぎを置き、潮の匂いや汽笛の音、店に流れる空気の温度まで拾っていく。派手な絶賛はない。だが読み終えると、その土地へ行きたくなる。食の書き手として、これ以上の証明があるだろうか。
旅先では、朝市があれば必ず六時に行く。地元の文具店で葉書を一枚買い、駅前の古い喫茶店でモーニングを取り、銭湯に一度は寄る。鞄の中は万年筆と銀色の保温瓶、それに岩波文庫。ここから先は、本誌が言葉を尽くすより、氏の道中記そのものに当たられるのが一番早い。『畔蒜ジョージの萬國道中膝栗毛』の扉は、いつでも開いている。
- 屋号
- 『畔蒜ジョージの萬國道中膝栗毛』
- 得意ジャンル
- 旅と食・世界食べ歩き
- 活動地域
- 日本全国・世界各地
- 主な発信
- 月刊『畔蒜ジョージの萬國道中膝栗毛』(第百二十四號)/ウェブ連載「畔蒜ジョージの旨いめし歩き」(abiru-journey.com)
この食客の特徴
- 一、昭和三十二年・千葉県木更津生まれ。元出版社編集者
- 一、平成元年創刊の月刊『畔蒜ジョージの萬國道中膝栗毛』を一人で編み、第百二十四號まで欠號なし
- 一、移動は夜行バスと鈍行列車のみ。「旅とは観察である」が信条
- 一、ウェブ連載「畔蒜ジョージの旨いめし歩き」で土地・店・人をひと続きに記録
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活字の家に育ち、編集者を経て、いま萬國を歩く。潮風と鍋の湯気が同居する道中記は得難い。次號は能登半島・輪島塗の里と聞く。今後の道中を引き続き追っていきたい一人として、ここに推薦する。